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増成ヒトミのタイ発バンコクな毎日:スペースアルク
 
バンコク在住の増成ヒトミさんがタイの事情や日々の生活についてつづるエッセーです。
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2012年1月23日

第547話:コン・バーン・ディアオ・ガン(同郷の人)

 先週の金曜日から、我が家に業者が入って内装工事をしている。1階の壁の塗装が湿気で一部はがれてしまっていたので、洪水騒動でほとんどの家財を2階に上げたのを機会に、壁の塗装をやり直して、コンクリートの打ちっ放しだった床にタイルを敷くことにした。相方の知り合いの建築請負業者のPは、去年も暴風で壊れてしまった屋根を修理してくれた業者で(第531話)、まあまあの仕事をするので、今回もお願いしようということになった。

 初日。Pは3人の作業員を連れて我が家にやって来た。2人は男性、1人は女性である。日本では建設現場で女性の作業員は皆無だろうが、タイでは建設現場での作業は肉体労働のひとつであり、女性が普通に作業に従事している。この日はまず床のタイルから作業を始めることになり、3人は室内を点検しながら、どういう手順でタイルを敷いていくか相談していた。彼らの会話の中で、「ボ・ダーイ(タイ語では「マイ・ダーイ」。できない、ダメの意)」という言葉が聞こえてきたので、3人の作業員はイサーン(東北部)の人たちであることがわかった。浅黒く焼けた彼らの顔を見ていたら、数日前に聞いたルークトゥン(大衆歌謡)の歌詞が浮かんできた。

 ワタシの日本人の友人Hが、「カラオケで歌うので、タイ語の歌詞に読み仮名をつけてほしい」と依頼してきた歌は、「コン・バーン・ディアオ・ガン」というルークトゥンだった。以前に読み仮名を書き留めた紙を持っていたのだが、どこかに行ってしまったのだという。ここで出てくる「バーン」というのは、一般的には「家」という意味で使われるのだが、ここでは「郷里」という意味で使われている。以前に、相方の交通ルール違反を見逃してくれた警察官も(第507話)、「バーン・ディアオ・ガン!(同郷だね!)」と言っていたのだとか。「コン・バーン・ディアオ・ガン」とは、つまり「同郷の人」。その歌詞はこんな内容で、いつものごとく、ワタシなりの訳をつけてみた。

ああ 我らが郷里の人
同郷の人よ 視線を交わすだけでわかり合える
苦労の道のりで どれほど疲れているのか どれほどきついのか
まだ慰めの言葉がある まだいたわりの言葉がある
いつでも「元気かい?」の言葉をかけ合う
そうだろ 我らが郷里の人

ケーン兄さんは ローイエット県からやってきてタクシー運転手をしている
田んぼ仕事をしても 借金の返済に追われるだけ
心を決めて 旅行かばんを持って大都会の真ん中にやってきた
ラープ(※東北の郷土料理の名前)食堂で何度も顔を合わせたね
兄さんはどうしているかな うまくやっているかな
(中略)
タッカテーンちゃんは 縫製工場に勤めている
仕事の内容は賃金に見合ったことはないけれど
東北部の高卒者は 買い叩かれる労働力なのだ

 ルークトゥンというジャンルの歌には、人生の悲哀を歌ったものが多いが、これは明らかにイサーン出身の肉体労働者への応援歌である。タイ語の歌詞をご紹介できないのが残念だが、歌詞そのものはイサーンの方言になっていて、ワタシも知らない単語が登場するので、読み仮名をつけるのも一苦労だった。前出の友人Hは工場に勤務していて、ローカルスタッフの前でこの歌を披露すると、その場がすごく盛り上がるのだという。ローカルスタッフにはホワイトカラーの事務職もいるだろうが、多くは現場の作業員たちで、おそらくイサーン出身者が多いのだろう。宴席で外国人の上司が、自分たちの方言の歌を歌ってくれたら、盛大な拍手で迎えたくなって当然ではないだろうか。

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 さて、我が家の作業員たちは、現場監督であるPが、作業中にソファに座って、本当に「監督」しかしないという非常に低効率な中で作業が進められ、予定に若干遅延があるものの、明日にはタイルの作業は終了しそうだという目処がついた。朝は8時頃から作業を開始して、一日中セメントをこねたり、1枚が数kgする重たいタイルを運んで、平らに敷き詰めるという作業を繰り返す3人。昼には、我が家の駐車場でガイヤーン(焼き鳥)ともち米を食べていた。腹にたまるもち米を食べないと、終日の力仕事は無理なのだろう。

 以前に、Hがこういうことをメールに書いていたのをふと思い出した。
「生まれた瞬間に人生が決まりますよね。特に汚い、きつい仕事をしてくれている協力会社さんなんかに行ったら思いますよね。頑張ってもどうにもならないことが多いですよね、東南アジアでは。今の日本人は幸せではないでしょうか?」