HOMECLUB ALC海外旅行・生活
 
 

増成ヒトミのタイ発バンコクな毎日:スペースアルク
 

2007年4月16日

第303話:野良犬とその子犬たち

 近所の空き地で子犬が生まれたのは、1月の終わり頃のことだった。

 バンコクの街のソイ(小路)というソイには、野良犬が必ず一匹はいるものなのだが、我が家の近くの小学校に続くソイも例外ではなく、クリーム色のオス犬が一匹と、甲斐犬のような柄のメス犬が一匹棲みついていた。正確に言うならば、メスのほうは野良犬ではなく、食料雑貨店のはす向かいにある空き地裏の木造家屋の飼い犬だと、ムーヨンお母さんが教えてくれた。犬は首輪もせず、自由気ままにさまよう、タイの典型的な放し飼い犬である。

 このメス犬と、どこかのオス犬の間に子犬が生まれたのは、去年の初めだったと記憶している。母犬とまったく同じ柄の子犬を1匹連れて、近所をうろつくようになったからだ。子犬のほうはメス犬のくせに勇猛果敢で、なわばりに現れるよその犬が気に入らないのか、ココを見るといつもほえながら走り寄ってくる。それが子犬だと思える大きさだったのはほんの数カ月で、あっという間に母犬と同じ大きさの中型犬に成長した。このメス犬が2匹いるところにやってきたのが、クリーム色のオス犬である。このオス犬と母犬との間に8匹の子犬が生まれた。それをワタシが見かけたのが1月の終わりというわけである。

070416.jpg

 このソイは小学校に通う子どもを送り迎えする父兄の車やスクールバスが行き交う、比較的交通量の多い道路なので、よちよちと歩く子犬を目にした人は口々に、「車にひかれたらかわいそうよね」と心配していた。バンコクでは、そんなふうに死んでいく子犬が決して少なくないからだ。ところが、この子犬たちは空き地の外にあまり出ないことが幸いしたのか、車にひかれて死んだのは1匹だけで、あとの7匹は朝晩えさやりをしてくれる近所の女性のおかげですくすくと成長した。日光が照りつける昼間は、空き地の隣にある建物の、地盤沈下によってでできた地面と建物の間のすき間に身を潜め、涼しくなった夕方頃から空き地で遊び始める。空き地といっても、家一軒分ほどの広さに、コンクリートなどの廃材が無造作に捨てられた、決して快適な場所ではないのだが、母犬を飼う木造家屋の裏手ということも幸いしてか、そこは立派に彼らの居場所となっていた。

 その子犬たちが大きくなることは誰の目にも明らかだったから、ムーヨンお母さんはいつもえさやりをしているジェーンという女性に、「どこかの保護団体に連絡するか、テーサバーンに来てもらうかしないと」と話していた。テーサバーンとは、この場合バンコク都の行政を指す。バンコクには野良犬を収容する場所があるので、子犬たちを捕獲してそこへ連れて行ってもらおうということなのだ。収容先では野良犬は処分されることはなく、不妊手術を施して、死ぬまでそこにいられるということなのだが、ワタシがよく見ている掲示板サイトでは、「そこに連れて行かれると処分される」という書き込みがされていたことがある。その真偽はわからないが、何もしないでいたら子犬は成犬になり、たいして長くもないソイに野良犬があふれることになる。

 ふしぎなもので、ろくにえさもやらずに放し飼いをしていたにも関わらず、“テーサバーン”という言葉を聞いて、飼い主は「殺されたらかわいそうだ」と言い出した。元を正せば、メス犬なのに不妊手術もせずに放し飼いをしていたから子犬が大量に生まれたわけなのだが、「注射をしたから大丈夫だと思った」というのがその弁だ。不妊手術は体にメスが入るからかわいそう、しかも費用がかかるし……ということで、不妊手術よりもホルモン注射で犬猫の避妊をする人は多い。その効果が100%でないことは、結果が物語っているのだが、この際それを議論しても始まらない。

 ムーヨンお母さんは、彼女の娘の職場の周りで野良犬が子犬を産んで、テーサバーンに来てもらったという話をしてくれた。電話をして、「捕まえに来てください」と言っても、「順番ですからしばらくお待ちください」としか言われず、その言葉通りに待っていたら来年になってしまうのだそうだ。そこで、関係者から寄付を募り、「2,000バーツあるんですけど……」と再度電話をすると、たちまち5人の担当者が駆けつけたのだとか。ムーヨンお母さんはメス犬の飼い主にこのことを話し、「お金のことは近所の人たちから集めるから心配しなくていい」と告げると、「それだったら、子犬だけじゃなくて、母犬もひっくるめて全部持ってっちゃってくれ」と言ったのだそうだ。飼い主が指した“全部”というのは、母犬だけではなく、その娘も、父親のオス犬も含んでいる。それを聞いて、飼っていたとはいっても、飼い主と犬との間に精神的なつながりはまったくなかったんだなあとワタシは感じた。

 誰でも面倒なことに進んで関わろうとは思わない。えさやりをしている女性は、自宅で猫を数匹飼っているせいか、子犬たちを自分の飼い犬とはせず、あくまで野良犬のままでえさの面倒だけを見ている。事の成り行きを見守っていたワタシも、子犬の里親をインターネットで探そうかと思ったこともあったが、ちょうど仕事が忙しい時期と重なり、里親希望の問い合わせで煩わされるのがイヤで、結局そのままに時間だけが過ぎてしまった。

 テーサバーンはまだ来ていない。なのに、今度は娘のほうが4匹の子犬を産んだ。こうして野良犬はどんどんと繁殖していくのだ。